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映画を見る『あまくない砂糖の話』(原題:『That Sugar Film』)

 以前から、一度見ようと思っていた、ドキュメンタリー映画の『あまくない砂糖の話』を見てみた。原題はTHAT SUGAR FILM。あまくない砂糖の話 - Wikipedia

 自分の中で大きなテーマの1つである『糖質制限』や『砂糖断ち』。 原題のSUGARは、砂糖というより、糖質全般を指しているように思ったが、映画の中では、特に精製した砂糖や果糖に焦点をあてているように思う。

 最近、バレンタインデーでいただいた義理チョコを少し食べたり、自分でチョコクロワッサンを買って食べたり、市販の煎餅とか菓子類を色々食べてみたりと、糖質に関する意識と取り組みが甘くなっていたので、気持ちを新たに『糖質制限』や『砂糖断ち』の取り組みを立て直していきたい。

 

 

 

 

 以下、映画を見ての自分なりの覚書や感想を記載します。ネタバレの内容なので、ご自身で先入観なしに見たい人は以下の文章は読まないでください。

 

 

 

以下覚書

 一言でいえば、砂糖中毒の怖さを再認識。この映画で説明される砂糖ファミリーとは、ブドウ糖、乳糖、ショ糖(グルコースブドウ糖+フルクトース:果糖)、つまり糖質全般で、いわゆる白砂糖だけの話ではない。

 

 砂糖を摂らない生活をしていた健康体のオーストラリア人男性が、2か月間、オーストラリア人の平均的な摂取量である、1日あたりスプーン40杯分(約160gくらい)の砂糖を摂り、変化を追っていくドキュメント映画。砂糖を摂るとはいえ、スイーツ等は食べず、比較的健康的とされる食品からの摂取である。ジャンクフードは食べず、定期的に運動をする。自分の当初予想に比べ、砂糖の量は160gと多いとはいえ、意外に健康的な糖分の摂り方と生活だと感じた。自分の元々の基準が甘く、思っているほど糖質制限ができていないことに気づかされた。

 

 実験初日の朝、食品中の糖質が多く、朝食でスプーン20杯分になってしまう。砂糖を多くとり始めて心の変化も起こる。気分の変動が大きくなる。砂糖を食べるとスイッチが入りハイになるが、そのあと気持ちが落ちる。躁鬱の様な状態になる。

 オーストラリアの先住民のアボリジニの食生活の変化の話がでてくる。砂糖摂取の増加に伴い健康状態が悪化する。若くして亡くなる人が増える。飲酒がない都市で、糖尿病、透析治療、喘息が増えている。

 アメリカの加工食品メーカーの砂糖の中毒性を利用した商業政策

 結局、砂糖(糖質)はニコチンのような依存性がある。

 糖分の高いものを食べれば食べるほど、食べ続けたくなる中毒性。

 実験用ラットはコカインより砂糖に執着性を示した。

 

 肥満は、運動不足とカロリー過多が原因なのか?ただ単に砂糖類の摂りすぎではないか?砂糖の毒性、同じ量のカロリーでも、砂糖で得られるカロリーと野菜で得られるカロリーは違う。代謝性疾患と砂糖の関連を否定する論文のスポンサーに砂糖業界が関わっている。砂糖の害がありながらも、砂糖を最大限に受け入れている現代社会。砂糖とお祝いが同義語に近い社会。

 砂糖の摂取を減らして病気になる人はいない。

 2か月の実験が終わり、男性の健康状態は悪化している。体重や腹囲が増え、体力が落ち、精神的な活力を失う。血液検査に変化が現れ、肝硬変や糖尿病のリスクが高まっている。男性が砂糖を再びやめたとき、最初の1週間は禁煙のようなつらさが男性を襲う。砂糖を断って2か月で男性は回復する。

 加工食品を避けること。自然な食材を選ぶことは大切。

 精製された砂糖や果糖の摂取が多くの人々に確実に健康を害する要因になっている。

 

 

 砂糖が世の中に深く入り込んでいることを再認識した。2月のバレンタインデーや、3月のイベントとしても、ひな祭り、ホワイトデー、甘いお菓子がセットになっている。普段のちょっとした差し入れの定番がケーキやクッキーなどのスイーツではないだろうか?

 何かの商品を売る企業は、営利が目的である。飲食物やサプリ、薬などは十分に注意する必要がある。関連して、新型コロナワクチンも人体にとっては異物であり、注意が必要だなと思う。

 

 

今後の取り組み

 ジュース類は摂らないことを継続し、野菜や果実そのものを食べるようにする。果糖の摂取過多は内臓脂肪蓄積に繋がるので、果物(みかん類、りんご、バナナなど)の購入を控え、果物よりは野菜を摂ることを意識する。炭水化物も減らす。結局は少食の継続。一人で外食をせず、自炊の継続。要は体の中に入れるものを自分で意識的にコントロールすること。お惣菜類やお菓子を当分やめよう。

・飲み物は基本的に水にする。これは、スノーボードのプロの平野歩夢選手が実践していたことである。飲み会は当分ないけれど、アルコールも控える。